阿部 博和(あべ ひろかず)
海洋ベントス学研究室
准教授 博士(農学)
主な担当科目:無脊椎動物学、海洋生態学
2022(令和4)年度から新たに生物科学科に加わった先生に、ご専門のことについて詳しく聞きました。
海洋ベントス学研究室の「ベントス」とは何でしょうか?
「ベントス」とは英語で「Benthos」、日本語にすると「底生生物」という意味になります。
水域の生物の生活様式は大きく3つに分けることができ、クラゲや単細胞生物などの水中を漂い水流に逆らえるほどの遊泳力を持たない生物は「プランクトン」、魚などの水中に住み水流に逆らって遊泳できる生物は「ネクトン」、貝やエビ、カニ、ホヤ、ゴカイなどの海底に生息する生物を「ベントス」と呼びます。
大学ホームページ が「多頂点に尖る」をコンセプトに改良されました。先生にとっての「尖り」は何でしょうか?
私は、広くは海洋ベントスを専門としていますが、一番得意としている生き物はゴカイの仲間です。専門的には「多毛類」と呼ばれるグループで、ミミズやヒルと同じく環形動物に含まれます。
ゴカイというと釣りエサを思い浮かべる人が多いと思いますが、多毛類は実に多様性に富んだグループで、その姿かたちや生活の仕方は多岐にわたっています。
多毛類の中でも特に奇妙な形をしているツバサゴカイとその棲管。棲管は海底にU字状に形成されます。※棲管(せいかん)… 動物が中に棲むために砂や泥などを固めて作った管 |
私はこれまで、北海道から沖縄まで日本各地のフィールドで生物相の調査を行い、新種や日本初記録種の発見、これまで知られていなかった生態の報告など、多毛類の分類や生態に尖ったベントス研究を進めています。
ソフトクリームのコーンのような棲管(左)を作るウミイサゴムシの仲間(右) |
これまでどのような新種を発見されたのでしょうか?
最近「記載」を行った新種はシャミセンガイの仲間(名前に「ガイ」とついていますが貝ではなく腕足動物です)の殻に棲管を付着させて共生するスピオ科の多毛類です。
この多毛類は頭に生えている2本の触手を用いて、ろ過摂食者(水流を起こして海水中の有機物を食べる)であるシャミセンガイの餌を横取りして生活しています。
シャミセンガイの仲間の殻に付着するスピオ科多毛類の棲管 |
棲管の中から取り出したPolydora lingulicola |
分類学における「記載」とは、生物の形を言葉や写真、図などを用いて記述することで、新種の記載論文ではこれまで知られているすべての種と異なる種であることを説明し、その種の学名を命名します。
私は、シャミセンガイの仲間と共生するスピオ科の多毛類にPolydora lingulicola(「シャミセンガイに住むPolydora」という意味。Polydora はこの多毛類が所属する属の名称です)という学名を命名しました。
多毛類ではシャミセンガイと共生する種はほとんど知られていませんので、非常に珍しい生態を持った種であるといえます。
【大学ホームページ関連記事】
- 【研究】鎌倉和賀江島からゴカイ類の新種発見 横浜国立大学×石巻専修大学×名古屋大学×東海大学
ベントス研究・多毛類研究の面白さ・魅力や、社会への影響は何でしょうか?
ベントスはプランクトンや魚(ネクトン)と比べると知名度が低いですが、特に海のベントスでは陸圏や陸水域では見られないような奇妙奇天烈な形をした不思議な生物が多くみられ、地球上における生物多様性の広がりを最も感じられるグループであるという魅力を感じています。
多毛類をはじめとしてマイナーな海洋ベントスでは、これまであまり研究が進んでこなかったこともあり、身近な海でも新種やこれまで知られていない現象を発見できるという面白さもあります。
オオノガイ(上)とソトオリガイ(下)。オオノガイは環境省のレッドリストと、宮城県、日本ベントス学会のレッドデータブックで準絶滅危惧種に指定されています。 |
干潟などの沿岸域では、工事などの人間活動の影響によりベントスの生息状況が変化してしまう場合も多く、干潟や沿岸域の生物多様性の保全のためには、各地域におけるベントス相の把握や長期的な生息状況の解析、絶滅の恐れのある生物種の特定とその保全が重要であり、社会的な意義も大きい研究分野であると感じています。
汽水域のアシ原などに生息しているカワザンショウの仲間も埋め立てや護岸工事の影響を受けやすいグループです |
卒業研究はどのようなものを想定していますか?
研究室に配属された学生には、ベントスに関連することであれば何でも興味を持った内容で卒研に取り組んでもらいたいと思っています。
今年の4年生はまだテーマが決まっていませんが、「ゴカイの再生能力」や「ゴカイの濾過能力」、「甲殻類の痛覚」などの思いもよらないテーマ候補が挙がり、新しい世界が広がりそうだとワクワクしているところです。
私がこれまで行ってきた地域のベントス相の調査や多毛類の日本未記録種、未記載種の報告なども引き続き進めていく予定ですので、興味のある学生を募集しています。
干潟にはまだまだ面白いテーマが埋もれているはずです |
学生へのメッセージをお願いします
海は生命の起源、生物多様性の宝庫であり、生命誕生から長いあいだ生命進化の舞台となった場所でもあります。
海底では、実に奇妙奇天烈な生物たちが生活し、様々な生態を進化させてきました。ベントスは身近な海でもたくさん見ることができます。ぜひ干潟に足を運んで自分の手で採集し、そのすがた形や生態を観察してみてください。
多様なベントスと触れ合う中で、きっと生命進化のストーリーや長い年月をかけて作り上げられてきた地球上の生物多様性の豊かさをイメージすることができると思います。
生き物好き、ベントス好きな方はぜひ気軽に研究室に遊びに来てください。不思議だらけのベントスの世界を一緒に掘り起こしましょう。
掘り起こした砂を篩にかけて小さなベントスを採集しています |
【関連ブログ記事】 研究室ピックアップ
- プランクトンで「海の力」を理解する 海洋浮遊生物学
- 海の森の自然を守る 沿岸環境生態工学
- 小さな生命体から、海洋環境が見えてくる 海洋生態学
- 単細胞生物から多細胞生物の進化を考える 分子発生学
- 形や遺伝子から花の進化を推定する 植物系統分類学
- 「光」と「遺伝子」で、植物の大きさを自由自在に 植物発生遺伝学