現在、大学院・生命科学専攻の1年生は6名(定員は5名)。海洋ベントス学研究室が4名、海洋浮遊生物学研究室が1名、そして動物機能組織学研究室が1名です。
大学院では研究がメインですが、学部同様、単位を取る必要があります。今回は、6名全員が参加している数学系の授業の様子を紹介します。
- 授業の内容
- 被食者・捕食者モデルの解説
- 参加学生の声
数理生態学 「生物」×「数学」の世界
生態学は生物と環境の関係について調べる学問分野です。数理生態学は、生態現象を数理モデルやデータ解析などの数理的手法によって解明しようとするものです。
テキストは『ベントスの多様性に学ぶ海岸動物の生態学入門』(日本ベントス学会編、海文社)にしました。ベントス(底生生物)に光を当てた標準的な生態学の教科書です。
また『理論生物学の基礎』(関村利朗・山村則夫 共編、海游舎)の内容もあとで追加しました。授業内容を相談して調整できるのは少人数の良いところです。
『ベントス~』は学部の「海洋生態学」の授業の教科書として使われているのですが、数理的な記述もあります。「せっかくなら個体群動態の数理的な側面を本格的に取り組んでみようか」ということで採用しました。学部までに習う微分積分の知識があれば、十分読むことができます。
輪読形式で実施、内容は数理モデルの基礎
学生が先生役になって、読み込んできた内容を発表します。準備はもちろん大変ですが、ただ授業を聞くよりも身になります。
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さすが大学院生、みんな良く準備をして 良い発表をしてくれました |
具体的には、次のような内容について学びました。 ちゃんと理解できているかを確認しながら、じっくりと進めました。
- 個体数が多いほど増えやすい?
(指数成長モデル) - 密度効果・環境収容力を考慮するとどうなるか?
(ロジスティック成長モデル) - カオス的な現象はどうして起こるのか?
(離散ロジスティック成長モデル) - 漁獲によって魚は絶滅するか?
(漁獲付き指数成長モデル) - 世界人口はどうなるか?
(べき乗指数成長モデル) - 資源をめぐって競争する2種はどうなるか?
(種間競争モデル) - 食う食われるの関係にある2種はどうなるか?
(被食者・捕食者モデル)
個体群動態(時間とともに個体数はどう変化するか)は、学部で学ぶ「微分方程式」で記述されます。下の写真内の式には、捕食者が多いほど被食者が減りやすくなることなどが組み込まれています。
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被食者・捕食者モデル |
時刻 $t$ における被食者(prey)の個体数を $N$ 、捕食者(predator)の個体数を $P$ とします。分かりやすいように、被食者をサカナ、捕食者をサメとして話を進めてみましょう。
サカナの指数成長
敵であるサメがいない場合、つまり $P=0$ のとき、方程式は $dN/dt = rN$ となります。これはサカナが指数成長することを意味しています($r$ は正の比例定数で、自然増加率)。ここでは単純に、サカナとサメの2種しかいない世界を考えています。
※ ページ下部に、$dN/dt = rN$ の解き方の「おまけ」あり
$dN/dt$ つまり $N$ の微分はサカナの増加速度(増えやすさ)を表します。微分記号 $dN/dt$ は難しく考えすぎず、速度の単位 km/h と同じようなものと考えて良いでしょう。km/h は1時間で何 km進むかを意味するのと同様に、$dN/dt$ は一定の時間で個体数がどのくらい増えるか?と読めます。
よって、$dN/dt = rN$ という式は、サカナ $N$ が多いほど $dN/dt$ が大きくなり、サカナが増えやすくなることを意味しています。数が少ないときはゆっくり増えて、多くなってくるとどんどん増える速度が増す、まさに指数成長ですね。
食べられる影響
後ろの $-aNP$ の項は、サカナが食べられてしまう速度を表しています($a$ は定数)。マイナスはサカナの減少に対応します。サカナ $N$ が多くなっても、サメ $P$ が多くなっても、 $aNP$ は大きくなります。
サメが多くなれば、もちろんサカナは減りやすくなります。逆に、サカナが多くなっても、サメと出会う可能性が高くなって、食べられやすくなってしまいます。食べられる影響が式に組み込まれている訳ですね。
サメの指数減少
サメの変化の仕方も同様に考えてみましょう。
餌であるサカナがいない場合、つまり $N=0$ のとき、方程式は $dP/dt = -qP$ となります。これはサメが指数減少することを意味しています($q$ は正の定数)。
サメ $P$ が多いときは、サメの変化 $dP/dt$ がマイナスの方向に大きく、エサとなるサカナの奪い合いでサメが減りやすくなることを表しています。
食べる影響
前の $f\,aNP$ の項は、サカナが食べられてしまう速度 $aNP$ に係数 $f$ がかけてある形です。つまり、サカナをたくさん食べるほどサメが増えやすくなることを意味しています。食べる影響が式に入っている訳です。
いかがでしたでしょうか。数式の持つ意味(雰囲気)は伝わったでしょうか。
このように、サカナとサメ自身の変化にお互いの影響を加えて、増え方・減り方を式にしたもの(連立微分方程式)が「被食者・捕食者モデル」です。
$\dfrac{dN}{dt} = rN - aNP$
$\dfrac{dP}{dt}= f\,aNP - qP$
指数成長モデルのときのように明示的な解を得ることはできませんが、 ふたつの式から、被食者と捕食者がどういったときに増えて、どういったときに減るのかを調べることができます。
このモデルを詳しく分析することで、被食者と捕食者が交互に増えたり減ったりを繰り返す「共振動」を起こすことが再現されます。
今回紹介したのは、被食者が指数増加、捕食者が指数減少するという仮定をもとにしていました。
より現実の状況に合わせて、その仮定をS字曲線を描くロジスティック成長に変更してみたり、お互いの影響具合を変化させてみたりすることで、より深く生態現象を理解することにつながります。海洋生物だけではなく、動物や植物にも応用可能です。他の種も考えて、2種、3種…と考えたり、どんどん数理モデルが発展していきます。
学生の中には、自身の研究対象に今回のモデルを応用して、エクセルを使ってシミュレーション&考察したものを自主的に提出してくれた学生もいました(渦鞭毛藻 Dinophysis と繊毛虫 Mesodinium の関係に応用)。
参加者の声(一部)
- 複雑な事象も数理モデル化し予測できるということに、数学の奥深さと底知れなさを感じた。
数学のみでは最適なモデルを組み立てるのは難しい。フィールドワークなどを通して自分で体感するのも大切だと思うので、適材適所な使い方をするのが最も良いのではないか。
対応力の高い研究者を目指したいが、そのためにはまだまだ数学力が足りないと大いに実感した。今後も定期的に数学に関わっていきたい。
- 私の中には数学に対する苦手意識が根強く残ってきた。小中学生の頃から「この問題にはこの公式を使いなさい」と言われてきて、数学の問題を解くことは単なる作業でしかなく、面白みに欠けていた。
そんな中、大学で渡辺先生の授業を取ってから、数学が覚えるだけの作業的なものであるといった考えが変わったのは記憶に新しい。
自分は数学が苦手だから小難しい数式は扱えないとずっと思ってきたが、そんな自分とはお別れができた。これからも、自分で考え理解する楽しさを胸に、研究活動を進めていきたい。
- 授業内での発表やその準備を通して、自分の考えを論理的に整理し、明確に伝える力が鍛えられたと感じている(まだ全然たりないが)。特に、専門外の人に分かりやすく説明することの重要性を改めて実感した。
この授業を通して得た知識や経験を、今後の研究に積極的に活かしていきたい。
おわりに
学部には現在、1年次に基礎数学・微分積分・線形代数、2年次に応用数学・解析学という数学系の授業がありますが、ただ学んで終わりではもったいありません。数学は与えられた問題を解くだけのものではなく、新たな問題を見つけ、現実の問題を解決するのに役立ちます。
生物科学科および大学院生命科学専攻では、以上のように数理的な視点で生物を研究することもあれば、化学的・物理的な視点で見ることもあります。高校ではバラバラだった科目が意外な形でつながることも多いです(そこが面白い!)。
大学・大学院だから学べる「学問と学問のつながり」を、ぜひ学んでみませんか? 意欲的な学生の登場を期待しています。
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