大学院生の論文2本が、みちのくベントス研究所が発行する雑誌「みちのくベントス」に掲載されました。
今回は「宮城県と岩手県から得られた標本および写真に基づく北限記録のウシエビとクマエビ」の論文について紹介
ウシエビやクマエビという名前のエビをご存知でしょうか?
「ブラックタイガー」という流通名でスーパーでも良く売られている有名なエビいますが、実はその正式な名前(和名)は「ウシエビ」と言います。
スーパーで売られているものは東南アジアで養殖され輸入されているものですが、ウシエビは日本にも生息する種で、数は多くありませんが西日本では漁獲もされています。
クマエビも食用となる大型のエビで、海外で養殖されたものが輸入されているほか、西日本では漁獲されたものが「赤足えび」などの地方名で流通しています。
どちらも南方系のエビ類であり、これまで東北地方では確認されていませんでした。
大学院生が見慣れないエビを発見
海洋浮遊生物学研究室所属の大学院生 畠山紘一さんは、2023年11月に宮城県気仙沼市の舞根湾での調査中にクルマエビに似た見慣れない大型のエビ類を採集しました。
研究室に持ち帰り、海洋ベントス学研究室所属の大学院生 小田晴翔さんがそのエビの同定を行ったところ、これまで宮城県では記録の無いウシエビであることが判明しました。
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ウシエビ
畠山紘一さんが2023年11月に 宮城県気仙沼市の舞根湾で採集
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県内のベントス研究チームから情報収集
海洋ベントス学研究室の阿部博和准教授を通して宮城県内のベントス研究チームから情報を集めたところ、同じく2023年11月に七北川や名取川の河口でもウシエビが見つかっていたことが分かりました。
さらに、南三陸町の志津川湾では2023年10月にクマエビが見つかっており、同じく2023年10月には岩手県の大船渡市魚市場にクマエビが水揚げされていたという情報が寄せられました。
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クマエビ
2023年10月に南三陸町の志津川湾で採集 (撮影:南三陸ネイチャーセンター 阿部拓三氏)
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今回、これらの採集例や写真記録を論文として報告することで、宮城県からウシエビとクマエビ、岩手県からクマエビを初めて記録し、舞根湾のウシエビと大船渡のクマエビの記録はそれぞれの種の北限記録を更新するものになりました。
生物記録の重要性
近年、海水温の上昇が続いており、東北地方でも南方系の海洋生物が見られることが多くなってきました。
水温上昇に伴い生物の分布は刻々と変化していくことが予想されますが、そこに生息していることが次第に当たり前になってしまうと、その種がいつからそこに生息しているのかわからなくなってしまうことでしょう。
新しく見つかった生物の記録を行うことは、その生物の分布や地域の生物相の変化を把握するためにも、非常に重要となります。
畠山紘一さんのコメント
「生物相の変化を記録し続けることの重要性を再認識」
私は気仙沼市出身で、地元の舞根湾でよく生物観察を行っています。昨年は例年より海水温が高く、今まで気仙沼で見られなかった海生生物が多く見受けられました。そのような昨年の冬に舞根湾で生物調査を行っていたところ、クルマエビに似たエビを発見しました。クルマエビと比べると明らかに黒かったため、クルマエビではないことはすぐにわかりました。
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舞根湾で生物観察を行う畠山紘一さん |
しかし私はエビ類については詳しくなかったため、同級生の小田晴翔さんに聞いてみたところ、そのエビがウシエビだということが判明しました。普段スーパーなどで目にするウシエビ(ブラックタイガー)はもっと南の暖かな海域で養殖されているものだという認識を持っていた私にとって、今までの常識が覆される大きな発見となりました。
昨今の海水温上昇に伴い、宮城より南の海域を分布とする生物が多くみられるようになった一方で、今まで多く見受けられてきた生物が見られなくなってきたことも海水温上昇における重要な問題だと思います。今回の件でこのような生物相の変化を記録し続けることの重要性を再認識しました。
小田晴翔さんのコメント
「同定作業中や論文執筆時は研究者になったような気がして、わくわくした気持ちで取り組むことができました」
今回、宮城県からのウシエビとクマエビの初記録に携わる機会に恵まれ、初めて論文を執筆することになりました。論文を発表するにあたり、誤同定をしてしまうと誤った情報を拡散してしまうことになるため、複数の図鑑や論文を参考にしながら様々な形態形質を観察して、同定に誤りがないかどうか、慎重に確認していく作業に最も気を遣いました。ウシエビやクマエビは大型のエビ類ですが、採集された個体の中にはかなり小型のものも含まれていたため、特に雌雄を判別する作業が難しく感じました。
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南三陸ネイチャーセンターで クマエビの同定と形態計測を行う小田晴翔さん |
また、論文の執筆も大変苦労しました。今回の論文は漁獲対象にもなっているウシエビやクマエビに関するものでしたので、学術的な文章を意識しつつも、研究者だけでなく様々な人が読者になることを想定して誰が読んでもわかるような文章を心がけました。考察のセクションでは、南方種であるウシエビとクマエビが宮城県や岩手県で見つかった理由を議論するために、数多くの論文や文献を読んで参考にする必要がありました。
共著者の方々には、標本の提供だけでなく、論文執筆の際にも多大なるサポートをいただき、何とか完成までこぎつけることができました。今回の論文執筆を通して、文章作成能力が大幅にレベルアップしたことを実感しています。
たくさんの苦労があった今回の論文執筆ですが、同定作業中や論文執筆時は研究者になったような気がして、わくわくした気持ちで取り組むことができました。何よりも自分の名前で論文を発表できたことに達成感と喜びを感じます。学部生のうちにこのような機会を得られたのはとても幸運でした。
今後も自分の卒業研究の内容など、どんどん論文執筆にチャレンジしていきたいと思います。この記事を読んでいる学生の皆さんも、機会があれば是非論文執筆にチャレンジしてみてください!大きな成長につながること間違いなしです!
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舞根湾で海中に吊るしたロープに付着する生物を 採集する小田晴翔さんと畠山紘一さん |
指導教員:阿部博和准教授のコメント
「之れを好む者は之れを楽しむ者に如かず」
畠山紘一さんは、地元の舞根湾からいつも様々な生物を取ってくるのでとても面白い学生だと思っていました。子供のころから海と触れ合って育ってきたためか、自然や生物を見る観察力や感性の高さを感じます。今回の研究も、畠山さんがウシエビを見つけたときに「見慣れないエビだ」と思い小田さんに相談を持ちかけたところからスタートしたものですので、日ごろの生物観察の賜物であったと思います。
また、この4月から畠山さんが所属する海洋浮遊生物学研究室と小田さんが所属する海洋ベントス学研究室が同じ実験室を共同で使用する形となりましたが、両研究室のコラボレーションにより新しい発見が生まれたことに、研究室間の交流の重要性を改めて感じました。
小田晴翔さんは自他ともに認めるエビ・カニ好きであり、フィールド調査で採集されたエビ・カニ類の同定作業に普段から積極的に取り組んでいました。その経験が、今回のウシエビやクマエビの同定作業に大きく活きたと思います。初めての論文執筆で大きな苦労があったことと思いますが、めげることなく、むしろ楽しみながら困難に向き合う姿勢は大変頼もしいものでした。
ただの「好き」で終わらずに、楽しみながら調査や研究に取り組んでいる学生に姿を見ると、「之れを好む者は之れを楽しむ者に如かず」という言葉がいつも頭に浮かびます。
みちのくベントス第8号は、株式会社エコリスのWebサイト から閲覧できます。
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