2022年11月9日水曜日

【新種記載】度重なる奇遇。「イリエノギスピオ」

 

ヤッコカンザシ」「ホヤノポリドラ」に続いて、新種記載シリーズ第3弾。

 

初めてこの種と出会ったのは毎年夏に恒例としていた岩手県の小友浦での調査のときで、2017年8月のことでした。

初めて見つけたときは1個体しか発見されず、体も途中からちぎれていたので、スピオ科の一種であることしかわからなかったのですが、見慣れない形をしていたのでずっと気にかかっていました。

翌年2018年の8月の小友浦調査でも1個体が見つかりましたが、再び体が途中からちぎれていて正体はわからないままでした。

 

しかし、2019年の1月に新たな出会いがありました。

三重大学の先生から送っていただいた三重県英虞湾(あごわん)のサンプル中に岩手のものと同じ種であると思われる標本を発見したのです。

 

新種として記載されたイリエノギスピオ

 

このときに、この種はこれまで日本から記録されていなかった Atherospio 属に含まれる種であることがわかりました。

Atherospio 属の種はこれまでに世界から2種しか知られていなかったため、この2種と形態を比較してみたところ、いずれの種とも一致せず、まだ名前が付いていない種であることが判明しました。

 

2019年8月の小友浦調査では本種を見つけることができませんでしたが、その翌年の2020年8月には小友浦でまた1個体が採集されましたので、DNAの情報を取得するための解析を行いました。

しかし、この時点で、岩手県と三重県で発見されたものが本当に同じ種であるかどうか疑問が残りましたので、2021年10月には英虞湾での調査を行い、調査の最終日ギリギリに採取された Atherospio 属の標本からDNA情報を取得した結果、岩手と三重で同じ種であることが確認できました。

そして翌月の2021年11月、別件の調査で訪れていた鹿児島県屋久島でも本種を思いがけず発見し、最も状態の良い標本を得ることができました。

 

このように、小友浦、英虞湾、屋久島と奇遇が続いたことで本種の標本やDNA情報、生息場所などに関する様々な情報を得ることができ、今年の8月25日に新種として発表することができました。

 


 

本種は、粘土・シルトと礫に富む静穏な入り江状の浅海域を好んで生息していると考えられることと、特徴的な芒(のぎ、イネ科植物の小穂の先端にある棘状の突起)状の剛毛をもつことから、和名は「イリエノギスピオ」、学名は Atherospio aestuarii(入り江の Atherospio 属という意)と名付けました。 

 


:イリエノギスピオの体前部側面(左が頭)。腹側に芒状剛毛が垂直に2列並ぶ(矢印)。

: 頭から5節目の断面。腹側の剛毛束に芒状剛毛がある(矢印)。



日本の海にはまだまだ多くの名前の付いていないゴカイの仲間が生息していると考えられます。

よくみかけるあの種も、「実は新種だった」ということがあるかもしれません。

国内の生物相や生物多様性を把握するために、そして、身近な海の生態系と生物多様性を守っていくためにも、今後も地道な分類の整理を進めていきたいと思います。

 

 

 

 新種記載シリーズ 

 

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